家庭や会社で食事の際に、

当たり前の様に

自分専用のお箸や湯飲みを使っているが、

これはと呼ばれ、

食器を使う人が特定されているという

世界でも珍しい、日本の食文化の特徴の一つだ。

 

それほどまでに私たち日本人は

自分が使う道具に対して、愛着を持ち、

少しくらい破損した位なら補修し、大切に使ってきた。

 

ところが今はどうだろう。

少し前の自分に置き換えてみても、

お箸に限らず、愛着どころか

「使えればいい」程度にしか考えてなく、

壊れたらすぐに捨てて、

また買えばいいと安易に考えていた。

 

思い返してみると、

道具を大事に扱えない度合に比例して

自分に関わり支えてくれている人の事も、

大事に考えていなかったように思う。

 

住宅環境の変化により、

昔は一家そろって囲んでいた食卓も

一人一部屋が当たり前となり、

また生活スタイルの多様化により

家族が各々に食事をとるというような機会が増えた。

「食卓」という言葉さえ、

何だか遠い響きのように感じるこの頃だが

 

本来、一家団欒で食卓を囲むという事は

単に「食事をする」ということだけではなく、

箸の持ち方を含め、親から子へ、そして孫へ

その家に伝わる伝統や文化・礼儀やしつけを

自然な形の中で伝えて行く場であり、

心と心のキャッチボールが出来る、

人間の成長過程には欠かせない

場所と時間だったように思う。

 

家庭以外の場であっても、

近所のおばさんやおじさんが、みんな親みたいに、

いい意味で褒めたり、叱ってくれたりして、

家族・他人を問わず、みんなが

自分以外の人への思いやりを持ち、

実践してくれることによって、

自分もまた「人に対する思いやり」の大切さを

自然の中で学ぶことが出来たのだと思う。

 

人と人とのコミュニケーションがビタミン不足な今、

大きなことはできないが、

お箸を通して家族一人ひとりが

自分のお箸を持ち合い、

ちょっとした話題の提供につながり

それをきっかけとして家族しいては

人と人との心をつなぐ場を提供できれば、

お箸専門店としてこれ以上の喜びはない。

 

お箸屋さんになって私自身、

家族と過ごす時間が増えただけでなく、

家族を含め、自分に関わる人の存在の大切さも

実感できるようになった。

お箸も人もあまり大切に出来ていなかった時期もある分、

尚更、お箸を通して少しでも、

「物を大切にする心」と「感謝する心」

伝えていけるように努力していきたい。 

 

*昨年末 桐生タイムス社発行のフリーペーパー

「タウンわたらせ」に掲載させていただいた文です

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